【アンケート結果】あなたの「思い出の道」を教えてください
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- 2026.10.21
——PROXES 35周年、読者が語る35年分のドライブ
決まった目的地があったわけでも、特別な一日だったわけでもない。それでも、ふと思い返すと情景が浮かんでくる道が、誰にでも一本はあるのではないでしょうか。
TOYO TIRESのPROXES(プロクセス)は1991年の誕生から、今年で35周年を迎えました。35年という月日は、多くのクルマがさまざまな道を走り、数え切れないほどの思い出を紡いできた時間でもあります。その節目に「あなたの思い出の道を聞かせてください」とお願いしたところ、届いたのは十年、二十年、なかにはそれ以上の時をさかのぼる、心に深く刻まれた記憶の数々でした。
皆さんの回答を読ませていただいて、気づいたことがあります。思い出は、道そのものよりも「その時、誰と、どんな時期に走ったか」に宿っている。だからこそこの記事では、数字の向こうにある、一つひとつの声を追いかけてみたいと思います。
今回のアンケートについて
実施時期 2026年7月-2026年9月
テーマ PROXESとともに走った「思い出の道」
寄せられた声の横顔
・運転歴31年以上の方が8割を超え、9割近くが50代以上。長くハンドルを握ってきた方が中心でした。
・PROXESを「履いた経験がある」方は、およそ3人に1人。名前を知っている方まで含めると、4人に3人にのぼりました。
・思い出の道として最も多く挙がったのは山道・峠道(およそ6割)。海沿いの道がそれに続きました。
・全国25都道府県から声が届きました。
隣に、誰がいたか
若い頃の道の思い出には、決まって誰かが同乗しています。
“行き先も決めないで仲の良い友達とドライブに行った帰り道、ずっと片思いだった女性を助手席に乗せて、ドキドキしながら運転していたのを、今でも鮮明に覚えています” (東京都)
道の名前も、向かった先も出てきません。覚えているのは、隣に座っていた人と、その時の胸の高鳴りだけ。それで十分なのだと思います。憧れの人と、毎週のように横浜・元町へ通ったという方もいました。「免許を取ったばかりの頃、ナビもない時代に、不安な気持ちで夜の首都高へ乗り出した」という方も。
なかでも忘れがたいのが、大学卒業直後の一夜を書いてくださった方の話です。
“大学卒業して数日後、友人が大阪市内の下宿に深夜、遊びに来た。「就職前にどこ行きたい」と言うので、阪神高速の環状線を走ってほしいとお願いした。当時、テレビで大阪の映像と言えば中之島あたりから映した阪神高速環状線がよく出ていて、田舎から出てきた自分としてはあこがれだった。友人のコンソルテ(平成2年当時でもとても古い車だった)で環状線を5周ぐらいしてもらい「ええ加減にせい!」と言われたが、深夜なのにオフィスビルの明かりが一部ついていて、その景色を見ながら社会人として頑張りたいと思った” (静岡県)
まさに、行き先ではなく、ただ走ることそのものが人生の節目を刻む儀式になったエピソードのひとつですね。
家族と走った道は、少し趣が変わります。「能登半島を一周して和倉温泉に泊まるのが『我が家の夏の行事』だった」という方。「子どもの頃、祖母の家へ向かう長い山道の先で、橋を渡ると家が見えてくる——その瞬間が嬉しくてたまらなかった」、という方もいました。
「夜中の高速道路を静かに走り、目を覚ました子どもが着いた先で笑っていた」、そんな初めての家族旅行を書いてくれた方も。家族の道は、一度きりの絶景よりも、くり返し通ったことで思い出になっていくようです。
手強い道と、心に残る景色
ひとりで走った道の記憶には、また違う手ざわりがあります。
福島から新潟へと抜ける国道を思い出の道に挙げた方は、こうつづります。
“狭い上に曲がりくねり、決して快適な道ではありませんが、夏でも雪が残っていたり、澄んだ流れがあったり……刺さる人には刺さる道” (福島県)
何度も通える道ではないけれど、折に触れて走りに行く。その距離感が、なんとも粋です。「標高の高い峠でオープンにして走った」という短い一文や、「真っ暗な霧の山道をひとりで越えて心細かった」という記憶もありました。「愛車のカローラ・レビンを新車で手に入れ、週末はサーキットに通い詰めた」という方も。手強い道ほど言葉が熱を帯びるのが、印象的でした。
景色の記憶も、たくさん届きました。芝生に覆われた寒風山と、青い海、青い空のコラボレーション。沖縄・古宇利大橋の下に広がる珊瑚礁の色。そして、とても静かで印象的だったのが、真夜中の海岸線を挙げてくださった一文です。
“前を走る車のテールランプを追いかけるが、ついていけない。ふと立ち止まって車から降りたら、波の音だけが暗闇のなかから聞こえてきた” (新潟県)
面白かったのは、また別の方が挙げてくださった「道を間違えて走っていた時に、普段なら気にも留めない景色が現れた」という一文です。心に残る景色は、目的地だけで出会えるものではありません。少し道を外れた先や、ふと立ち止まった瞬間にこそ、思いがけず現れる――そんなことを教わりました。
長く同じ道を通い続けた方の話も忘れられません。何十年もスキーで通った峠を挙げ、「私のスキー人生とともに、道路も進化してきました」と書いてくださいました。トンネルは新しくなり、タイヤも、かつての金属チェーンから、やがてスタッドレスへ。道も、クルマの足もとも、人生と並んで少しずつ変わってきたのですね。
PROXESとともに
先ほどのスキーで通った峠を思い出の道に挙げた方は、初めて購入したスタッドレスタイヤをきっかけに、夏タイヤもTOYO TIRESに替えたとのこと。せっかくの機会なので、PROXESを履いた方々の声も紹介させてください。
意外だったのは、そこに派手な言葉がほとんどなかったことです。「高速道路でのレーンチェンジのときの、抜群の安定感」「静かで快適だった」「ウェットの路面がとても安心できる」。愛車のジムニーに履いて気に入り、「次回も指名買いになるでしょう」という方もいました。なかには、こんな通好みの声も。
“少しノイズは大きいと感じたけれど、それはそれで、クルマを操っている感覚があって好きでした” (東京都)
語られていたのは、「最強」でも「一番」でもなく、安心して長く預けられること。35年ものあいだ選ばれ続けてきた理由は、案外こういう静かな言葉のなかにあるのかもしれません。
これから、走りたい道
最後に、これから走ってみたい道についても聞きました。ここには、思い出とはまた違う、前向きな熱がありました。
くり返し名前が挙がったのが、北海道です。「見渡す限りの直線を走りたい」、「長いストレートを駆け抜けたい」——広大な北海道の道に魅せられる方が多いようです。「もう一度」という言葉も、あちこちに登場しました。「もう一度オープンカーに乗りたい」、「以前走ったあのハイウェイを、もう一度」、「若返って、あの頃の人ともう一度あの道を」——。
これから作りたい思い出を書いてくださった方もいます。「今年生まれたばかりの次女が大きくなったら、上の子と行った同じ場所へ、家族四人で」、「孫とドライブに出かけたい」。「乗れる年齢のうちに、いつかMT車を買いたい」と、そう書いてくださった六十代の方の一行には、思わず背筋が伸びました。
思い出は、過去のなかだけにあるのではない。まだ見ぬ道の先に、これからも作られていく。集まった声は、そう教えてくれているようでした。
おわりに
思い出の道をうかがっていたはずが、気がつけば、一人ひとりの人生の断片を読ませていただいていました。初めての助手席、家族の恒例行事、ひとりで越えた峠、そしてこれから訪れたい場所。そのどれもが、クルマとともにありました。タイヤは、そんな一人ひとりの大切な時間を足もとから支えているのだと、あらためて感じます。
PROXESの35年は、みなさんが走ってきた道の35年でもあります。声を寄せてくださったみなさん、本当にありがとうございました。あなたの次の「思い出の道」も、どうか素敵な一本になりますように。
